宿坊

自宅などの一室を巡礼者のために開放した宿を善根宿という。四国で遍路宿と言う時はこの善根宿を指す場合と、遍路専用の旅館という意味で必ずしも無料を意味しない場合の二通りがある。

これに対して寺院に付属する宿泊設備は宿坊という。最近の日本の宿坊はテレビや冷蔵庫が備わっているばかりか、酒肉の制限(※)までないような、旅館化したところが多い。

 英語のホスピスという言葉は現在では死を控えた人々を看取るための施設を指すことが多いが、本来は巡礼宿のことである。寺院が巡礼者のための宿泊施設を設けることは、洋の東西を問わず見られる習慣で、インドではそれをダラムシャラーと呼んでいる。

ヒンドゥー教では自炊道具を担いで身体一つで聖地を巡る巡礼が今も主流だからか、ヒンドゥー寺院の巡礼宿は古来の善根宿の趣を残しているところが多い。

一方でインド各地の仏教聖地にある各国の仏教寺院の宿坊は、概ね旅行者向けのゲストハウスのようだ。信者や巡礼者でなくても泊まれる点も、旅館化した日本の宿坊に似ているが、日本と同じく勤行や瞑想に参加できる所も多いから、アジアの仏教について手軽に学ぶには、良い場所かも知れない。

 

※酒肉の制限

酒のことを寺の隠語で般若湯と言ったとかで、風流気取りのしょうもない飲食店でもこの言葉を使っていたりするが、いやな言葉だ。宋の詩人、蘇東坡の「東坡志林」という史書にも見える古い言葉だそうだが、良し悪しは別として、飲むなら飲む、飲まないなら飲まないと、潔く言い切ってほしいものだ。

 

 

「宿坊」という日本語の用法について

「宿坊」という言葉を仏教辞書で調べると、「寺院内で信者が宿泊する宿舎や坊。僧侶が自身の坊を指す時にも使う」とか、「信者の宿舎を指したが、後には僧侶の僧坊のことも指すようになった」などと書いたものもあれば、「本来は僧侶の僧坊のことを指したが、後に信者の宿泊所を指すようになった」という風に、逆に書いてあるものもある。

 

「今昔物語集」の道照和尚の話には、「宿房」という言葉が見える。道照は日本の法相宗の開祖で、奈良時代に唐へ渡って、当時、存命中だった玄奘三蔵から、直々に教えを受けた。その話の中で、唐のお寺における客僧である道照の宿舎が、「宿房」という呼び方で何度も出て来るが、玄奘自身の僧坊は「房」と表現されている。

 ちなみに、その少し後に出て来る、興福寺の由来話では、興福寺の伽藍を説明する件りに、「僧房」という言葉が出てくるから、多分、僧坊は普通に「僧房」と呼ばれ、誰かが泊まっている「僧房」のことを、「宿房」と呼んだのだということがわかる。


海外の宿坊

台湾の苗栗県にある獅頭山という寺に宿坊があり、ロンリープラネットには宿坊は男女別と書かれているが、現在は時代の要請に鑑み、同室も可能になっている。ただし食事は精進料理。他にも高雄の佛光山などに宿坊がある。韓国やタイでも一部の寺院で、旅行者を含む一般人の宿泊が可能。ちなみに英文ガイドブックなどでは、宿坊のことをtemple stay、pilgrims lodgeなどと表記している。

  

釜山にある梵魚寺(ポモサ)のtemple stayの案内。
釜山にある梵魚寺(ポモサ)のtemple stayの案内。

韓国のお寺に泊まって修行生活を体験するテンプルステイのシステムは2002年に始まった。

ソウル市内にある曹渓宗の本山・曹渓寺(チョゲサ)の門前には、2009年に開設されたテンプルステイ統合情報センターという5階建ての建物があって、英語ができるスタッフが常駐しているので、外国人でも気軽にテンプルステイの情報を手に入れることが出来る。

外観も内装も瀟洒なデザインながら、誰でも気軽に入れる雰囲気のセンター内には精進料理のレストランや、仏教書店などもありとても充実した施設だ。

ダラムシャラー

聖地周辺で個人が経営しているゲストハウス風のダラムシャラーもあるが、どこもヒンドゥーの祭壇、護摩壇を供えている。ブッダガヤに近いガヤという街はヴィシュヌ神の聖地なのでたくさんのダラムシャラーがあるが、仏教の聖地であるブッダガヤやクシナガラにもヒンドゥー教徒用のダラムシャラー(ビルラ・テンプル)がある。

02~03年版までの「地球の歩き方 インド」にはデリーのラクシュミ・ナラヤーン寺院(同じく富豪ビルラの建立でビルラ・テンプルと呼ばれる)のダラムシャラーに関して、「君が仏教徒の巡礼だと認められれば無料で泊めてもらえるかも知れない」というようなことが書いてあったが、それはちょっとあつかましいのではなかろうか。ちなみにインド人は出家者・修行者だけでなく、一般の人々も個人や家族単位で本格的な巡礼に出る。

ところでスペインのサンティアゴ巡礼は、バックパッカーの多いことや巡礼手帳に朱印ならぬスタンプを押してもらう点など、四国遍路を思わせるところがあるが、「サンティアゴ巡礼」(とんぼの本・新潮社)によればアルベルゲと呼ばれる宿泊施設やレフヒオスという救護施設の簡易宿泊所がたくさんあるそうだ。