アジアのお坊さん 映画館

お坊さんが出てくるだけの映画なら枚挙に暇がないが、娯楽映画でありながらお坊さんの生活が描かれていて、なおかつその国の仏教の様子までわかる映画となると、それほど多くは見当たらない。

 韓国映画の「達磨はなぜ東へ行ったのか」(ペ・ヨンギュン監督/1989年)は都心にある大きな僧院を避けて山中に庵を営む老僧と、ともに暮らす青年僧や小僧さんの生活を描きながら、詩的な演出と美しい映像で禅の世界を表現した傑作。韓国のお坊さんの暮らしもよくわかるし、何より主役の小僧さんがかわいらしい。

一方で日本映画の「ファンシィダンス」(周防正行監督/1987年)は岡野玲子原作の同名漫画を基に曹洞宗の本山・永平寺を思わせる僧堂の修行生活を描いた娯楽作品。インドで発生した仏教は、現在では大きく分けて大乗仏教と、熱帯アジアの上座部仏教に二分されるが、大乗仏教にはチベット系の仏教と中国系の仏教があり、中国系の仏教の中でも日本の仏教は独自の形に進化してきた。良いか悪いかは別として、結婚しても酒を飲んでも咎められない日本のお坊さんのあり方をよく伝えながら、なおかつ禅とは何か、悟りとは何かというテーマも押し付けがましくなく描いているこの作品、是非「達磨はなぜ東へ行ったのか」と共に世界の仏教徒の前で上映してほしい映画だが、日本のお坊さんの中には僧堂の悪い面ばかりを面白おかしく誇張していると、ご立腹の方も多かったそうだ。

チベット仏教系のお坊さんの暮らしなら、ブータン映画の「ザ・カップ 夢のアンテナ」(ケンツェ・ノルブ監督/1999年)を見れば良く分かる。北インドにあるチベット僧院の小僧さんたちが、ワールド・カップのテレビ中継を見たいがために、お寺に衛星放送のアンテナを取り付けようとする話で、監督も出演者も全員本物の僧侶という異色の映画だ。実際に出会ったことのある人なら分かると思うが、一般のチベット仏教僧というのは、日本のお坊さんとはまた違った意味で俗っぽい、と言って悪ければ、親しみやすい方が多い。「リトル・ブッダ」(ベルナルド・ベルトリッチ監督/1993年)、「セブンイヤーズ・イン・チベット」(ジャン・ジャック・アノー監督/1997年)、「クンドゥン」(マーティン・スコセッシ監督/1997年)などの西洋映画を見ただけでは分からない、あのチベット仏教のお坊さんたちの独特の感じが、「ザ・カップ」にはよく描かれている。

ところでタイを初めとする上座部仏教国で作られた、優れたお坊さん映画は1990年代まではさほど見当たらず、タイ映画のホラー物やコメディに始終お坊さんが出て来る程度だったが、2000年代になると、「ルンピー・テン」シリーズや、2007年の「アラハン・サンマー」、2011年の「Mindfulness and Murder (タイ語タイトル  ソップ・マイ・ギアップ ศพไม่เงียบ) 」など、優れた、もしくは面白い坊主映画が、タイでたくさん製作されるようになった。

 

⇒それ以降の作品や「ファンシイダンス」以外の日本のお坊さん映画については、「ブログ その後のアジアお坊さん映画」をご覧ください。

 

 

ちなみに筆者がタイで修行していた1994年当時、タイでは「リトル・ブッダ」が上映されていた。この映画の本来の宣伝用スチールは、小豆色の衣を着たラマ僧に主人公の少年が囲まれているのだが、バンコクで見かけた映画館の絵看板ではオレンジ色の衣を着た上座部僧に囲まれた絵柄に変えられていたのがおかしかった。タイのお坊さんには映画を見てはいけないという戒律があるのだが、ある町では貸切にした映画館に僧侶を集めて「リトル・ブッダ」を上映したという話も聞いた。この映画はチベット仏教をテーマにしてはいるが、キアヌ・リーブス演じるブッダの伝記が挿入されていたために、タイのお坊さんの間でも話題になっていたようだ。

韓国映画
お坊さんを扱った韓国映画は、破戒僧と修行僧の関係を描いた「曼陀羅」(イム・グォンテク監督/1981年)という名作を始め、最近ではキム・ギドク監督の「春夏秋冬そして春」(2003年)に至るまでたくさんある。
達磨よ、遊ぼう!」(パク・チョルグァン監督/2001年)その続編の「達磨よ、ソウルへ行こう!」(ユク・サンヒョ監督/2004年)の2本は日本公開されていないが、DVDで見ることができる。日本で劇場公開もDVD発売もされていないものでは、2003年の「童僧(ドンスン)」(チュ・ギョンジュン監督)という小僧さん映画がある。英語タイトルは「A LITTLE MONK」、中国語タイトルは「小沙彌的天空」、タイ語では「アミタプ(阿弥陀仏)…出世間」。

 

ファンシィダンス
イラストでお坊さんの暮らしを表現した名著に佐藤義英の「雲水日記」(禅文化研究所)があるが、映画「ファンシィダンス」の岡野玲子による原作(小学館文庫)は、それに負けないくらいに仏教界の実情ををよく表している。例えば尼僧さんというのはアジアのどの国、日本のどの宗派でもなぜかある共通した独特の感じがあるが、そうした雰囲気の描写であるとか、或いは禅僧と密教僧のキャラクターの違いなど、細部の描写に至るまでが実に的確だ。ちなみに、原作のラスト近くには一場面だけだがタイのお坊さんも出てくる。

日本のお坊さん
『別冊宝島218 お坊さんといっしょ!」(宝島社)は日本における「お坊さん」研究書の先駆けだったが残念ながら現在絶版中。

 

ワールド・カップとお坊さん
2002年6月19日付の朝日新聞によれば、韓国のお寺で「ザ・カップ」を地で行くような事件があったらしい。記事の概略は「海印寺の安居(夏の3ヶ月間、寺に籠って修行すること)中にワールド・カップの観戦を許可したところ、長老の僧侶たちが激怒したために観戦が禁止された」というもの。

 

 

チベット仏教と映画
チョウ・ユンファが不死身のラマ僧を演じる「バレット・モンク」(ポール・ハンター監督/2003年)という西洋映画があるが、お坊さんの研究にはあまり役立たない。ちなみにアンディ・ラウ主演の「マッスル・モンク」(ジョニー・トウ、ワイ・カーファイ共同監督/2003年)という香港映画も同様だが、こちらは五台山の中華僧。

タイ映画
例えば日本でも公開された「ムアンとリット」(チャート・ソンスィー監督/1994年)という映画は恋に落ちた修行僧が還俗して結婚するという、実話を元にした物語。またゴティという人気コメディアンが2006年から2007年にかけて、テレビドラマと映画の両方で小僧さんを演じていた。