お坊さんの呼び方2

ヒンディ語の「ジー」जी

「ジー」という言葉はあくまで「さん」とか「さま」にあたる敬称で、対象は老若男女を問わないのだが、「ジー」の響きが日本語の「爺」に似ているためか、マハトマ・ガンディーに関して、「ガンディー・ジーとはガンディ翁という意味だ」などと書いている本をしばしば目にする。

インドにおける僧侶の呼び方

インドにいるヒンドゥーの行者をサドゥーと言うが、ヒンディー語では僧侶全般を大雑把に「お坊さん」と言う時にも「サドゥー」と言う。ヒンドゥーの聖地にいるいかにも行者らしいあのサドゥーも、日本を含めた各国の仏教僧も、ヒンディー語では同じくサドゥーなのだ。

ただし正確に仏教僧を指す言葉は「ビクシュ」だ。これはパーリ語の「ビク」(食を乞う者、托鉢修行者)に当たり、漢訳の「比丘」となって日本語にも入っている。ただし、インドの一般人が僧侶に呼びかける時には「バンテー」を使うことが多い。

ちなみにラオスでは僧侶を「クバ」、ミャンマーでは徳のある人という意味の「ポンジー」、ベトナムでは先生を意味する「タイ」と呼び、中国や台湾では比丘も比丘尼も「師父」、韓国では「スニム」(スンニム)と呼ぶ。

禅僧の呼び名

一般には和尚さん、住職には方丈さんを使う。托鉢僧を指す「雲水さん」という言葉も基本的には禅僧のみを指す。

先生

浄土真宗では在家の人もお坊さん同士も、僧侶のことを「先生」と呼ぶ。浄土真宗以外のお坊さんでも「先生」と呼ばれることは少なくないが、ただ、この呼ばれ方に抵抗を持つ僧侶もたまにいる。

お寺さんとお坊さん

寺や僧坊を持たない僧侶もいるが、概ね僧侶への呼びかけとしては「お寺さん」、僧侶自体を表す言葉としては「お坊さん」が最も妥当な日本語だろうか。ところでインドのブッダガヤに新仏教徒の村があって、一人の住職が2,3人の小僧と共に住んでいた。インド東北部のチャクマ出身なのでチャクマ・バンテーと呼ばれていたその住職は、法要の最中に鼻くそをほじくるは、奇声を発してスキップするは、天衣無縫の振る舞いで、各国僧侶からは揶揄を込めて「バラー・バンテー(大先生)」と呼ばれていた。こういうお坊さんこそ実は本物、などということは全くなく、私の見たところ、ただの俗物。けれど私はこのお坊さんが好きだった。この人が何を思ったか私のところに日本語を習いに来て、僧侶のことを日本語で何と言うかと聞くので、「お坊さん」という言葉を教えると、それから道で会うたびに「オボウサン、オボウサン」と呼びかけてくれたことを、今も懐かしく思い出す。