お供養

タイでは僧侶や寺に喜捨することを「タンブン」という。功徳を積むという意味だ。タイの僧侶はバス代がいらない。僧への供養が制度化されているとも言えるだろう。あるいは私がタイでの修行中に、外の屋台で食事を取った時でも、大抵は店の人や他の客の方が食事代を払ってくださった。供養してくれた人たちは必ずしも信心深そうなお年寄りばかりではなかった。そこらへんにいるようなおじさんでもスーツ姿のOLさんでも、タイ人は本当に信仰心が篤かった。

修行者への供養が功徳になるという考えはインド以来のものだ。インドでは今も修行者に限らず、貧者や乞食に施しをすることが善行とされている。外国人旅行者が顔をしかめ、あるいは過分な同情を示し、あるいは勝手に哲学的命題にしてしまうインドの乞食たち、あの乞食たちにインド人はいともあっさりと施しを与える。寺の門前には乞食への施し用に手持ちの金を小銭に両替してくれる両替商がいる。施しはインド人にとって日常茶飯事だ。徒歩で聖地巡礼をしていた西洋人上座部僧が途中の村々で何度も供養に預かったという話も聞いた。インド人は供養する対象が外国人であっても功徳を積むことに躊躇はしない。

日本にもアジア同様にお供養の精神を強く残している土地がある。それは四国だ。何百年もの間、お遍路さんを受け入れてきた土地だけに、四国ではアジアと同様に住民のほとんどが自然にお供養の精神を持ち合わせている。四国ではお供養のことを「お接待」と呼ぶ。供養を表すことをお接待と呼ぶことや、巡礼者にお接待すること自体は四国に限らないが、四国では特にこの言葉が遍路への供養を表すものとして、タイやインドにおける「タンブン」や「バクシーシ」と同じくらい、ごく日常的に使われているし、お接待の習慣も他の地域に比べて格段に顕著だ。路上で湯茶や食事の接待をする人たちもいれば、民家の一室を歩き遍路に無料で開放している人もいる。

お坊さんの世界では托鉢行脚の修行がしたければまず四国に行けと言われる。遊行者を受け入れる土地柄が、行脚の訓練に最適だからだ。駅やバス停で野宿していても遍路だとわかると文句も言われない。四国の人たちは歩き遍路であれ、バスツアーの団体であれ、どのお遍路さんにも分け隔てなくお接待する。他人に供養することが自分の功徳を積むことだと、四国の人々はアジアの人々同様に良くわかっているからだ。多分日本でも昔は四国だけでなく、あちこちにお供養の精神が根付いていたことだろう。そしてそれは仏教と共にインドから東アジアを経て伝わって来たのだろう。今は失われてしまったアジアと同じ風景が、四国にはまだ残っている。

  


タンブン

ルックJTBのパンフレットによれば、2003年に発売された「ルックワールド15周年特別企画 チェンマイ・バンコク6日間」というパックツアーは「タンブン体験」を目玉の一つとしていて、僧侶の早朝托鉢への喜捨や小鳥の放生が体験できたそうだ。旅行パンフレットにタンブンという言葉がそのまま載るほどタイに興味を持つ日本人が増えてきたのが、2000年代初頭だと言えるのではなかろうか。

また、2005年のルックJTB「はじめてチェンマイ・アユタヤ・バンコク」というツアーには、タンブンという言葉がない代わりに僧の托鉢見学というプランが設けられている。ちなみに托鉢風景が有名なラオスのルアンパバンの中心寺院、ワット・シェントンには托鉢の邪魔をする観光客が増えていることに対して、各国語の注意事項が記されている。

ところでタンブンという言葉は「功徳を積む」ということだから、その対象は寺や僧侶に限らないが、一方でタイ語には僧侶に対する供養を表す「ニーモン」という動詞もある。この言葉は名詞的に僧への供養を表す場合もあるし、あるいは僧に何かを勧める時に英語の「プリーズ」のように語頭に付けて使われることもある。

タイのお坊さんはバス代が無料

プラユキ・ナラテボー師のご教示によれば路線バスは無料、ただしエアコンつき路線バスは有料。長距離の普通バスは50%引き、長距離のデラックスバスは25%引き。電車に関しては半額、ただし特急に乗る場合は特急料金が必要。飛行機はタイ航空国内線に限り半額とのこと。 

ちなみにタイではお坊さんがバスに乗ると席を譲られる。チャオプラヤー川のエクスプレスボートには、SPACE FOR MONKと書かれた僧侶の優先座席がある。  

アジアの人たち僧侶に手厚い供養をすることについて

単に金品を布施するだけでなく、タイの人々は僧侶に対して実に親切だ。私が道に迷っていたら若い警官たちがバイクで目的地まで送ってくれた。スリランカ僧たちとチェンマイを訪れたら、西洋人ツアー客を引率していたタイ人添乗員たちが、バスに乗せて一緒に町を案内してくれた。タイ航空でカンボジアからタイに帰ったときは、ファーストクラスの乗客より先に搭乗を勧められたが、皆が見守る中で乗り口を間違えて、大変恥ずかしい思いをしたことがある。

また、タイから日本への帰国時に台湾の中華航空に乗ったら、搭乗時にオーダーしていないのに、他の乗客に先駆けてベジ・メニューが運ばれてきたこともある。